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パリのミシュラン2つ星レストランから考えるホスピタリティ

これはフランスに住んでいた頃に訪れた店の記録であり、今にして思うと、私にとって食への探究心の出発点とも言えるべき記録である。

 


少し食に興味のある人であれば、ミシュランガイドという名前をどこかで聞いたことがあるだろう。そもそもミシュランとはフランス発祥のタイヤ製造会社であり、このミシュランが自らの宣伝をかねて自動車旅行用に発行したガイドブックがミシュランガイドである。現在では姿形が変わり、レストランやホテルを紹介するガイドとして知られている。

 

このミシュランにおいて、格付けの上から2番目、すなわち2つ星に輝いたパリのレストランに行ってきた。レストランの名前はLe Gabriel。フランスにおけるホテル格付けの最上位であるパラスの称号を冠するLa Réserve Paris Hotel and Spaの中にあるレストランである。

ホテル外観とレストラン(ホテル公式ページから)

 

シェフはJérôme Banctel氏。ミシュラン3つ星L’AMBROISIEで10年、故アラン・サンドランス氏のLucas Cartonで8年ほど経験を積んだ後、当店のシェフに就任した。シェフの出身であるブルターニュの素材を重用すると同時に、外国の料理、特に日本料理に興味を持ち、日本の調理法や素材を取り入れることも多々ある。シェフによると、日本には数年に1度は必ず訪れるそう。お話した時は、京都の味噌に興味があると仰っていた。

 

今回のメインの話はホスピタリティであるが、料理についても紹介をしておきたい。

 

まずアミューズ。右はタルトにフォアグラと黒トリュフをのせたもの、ベチャメルソースのシュー。左はメレンゲの上にキャビアがのっており、アクセントとして柚子が使われている。特にメレンゲアミューズは興味深い。口に入れると、上からキャビアがプチプチと消えていき、下からはメレンゲがサクッと消えていく。消えていく速度は同じなのに、消え方が異なる。

 

次は、ロティされたホタテと黒トリュフを交互にサンドしたもの。付け合わせはtopinambour,日本語で言うと菊芋である。サーヴされた際の見た目のインパクトがすごい。ソースはウィスキーを使用したもの。

 

次の皿は、スズキをエチュベ(蒸し)したものにトリュフソース、そしてポワローネギのフリット。エチュベ自体はフランス料理の技法であるが、アジア料理の蒸しの技法を少し取り入れたものらしい。スズキ自体は多少臭みが残っておりあまり印象に残らなかったが、付け合わせのポワローネギは素晴らしい。包丁で丁寧にカットし、膨らませた状態で揚げることで成立する造形だけでなく、中にベアルネーズソースを組み合わせた調理も見事であった。ちなみに奥のパンはそば入りのパンとブリオッシュ。特にブリオッシュはふわふわとした食感で美味。

 

そして、アニュードレ、アニョーの胸腺。アニョードレとは生後1ヶ月少しミルクだけで育った仔羊。事前に焼き具合を聞かれたが、シェフはミディアムレアがおすすめとのことだったので、その火入れ具合に。肉質は本当に柔らかく、羊特有のにおいも全くと言ってよいほどなかった。食材の良さと調理の良さが上手くマッチした結果と言えるだろう。添えられたものは、コンフィされたジャガイモと揚げられた黒ニンニク。ジャガイモは見た目が大学芋のようであるが、切るとクリームが溢れ出してくる。下には香草が敷かれていた。ソースはジュドアニョー。

 

デセールは、チョコレートのムース。コーティングされた外側のチョコを割るとアイスクリームとソース。ソースは、マテ茶で香りを付けたショコラショーのようである。素直に美味しい。



食後のお菓子も可愛い。柚子と抹茶のキャラメル、マドレーヌ、プチマカロン、ヌガー。

ワインは白がSancerre 2018 Domaine DelaporteとV.Pinot Gris Mann 2015のグラス、赤がV.Pagodes 2012 とV.Gallety 2016のグラスをいただいた。

 

料理は眼、鼻、舌など様々な器官で楽しませてくれる、まさに美食といったところ。今回の料理では、アニョードレとポワローネギが白眉であり、印象に残った。個人的には魚系よりも肉系、肉系よりも野菜系の調理の方がより素晴らしいと感じた。

一方で、一部のサービスには時折不安を感じることも。特に、ワインを頼むときに、今日のメインは何かと聞いたら鳩と言われていたのに、実際は仔羊であったり、水のグラスにワインを注いでみたりするなど信じられない場面も。このレストランが3つ星に昇格できないのは、サービスのミスが一因なのではと個人的に思ってしまった。

 

と、書いてはみたものの、このレストランでは同時に素晴らしいサービスとホスピタリティに出会うこともできた。それらを提供してくれたのは、我々のテーブルで料理のサービスを担当してくれた、Thomas Fefin氏。レストランのサービスの責任者でもある。
どのような素晴らしいサービスを提供してくれたかと言うと、例えば、一つ一つの料理をサーヴする時に、ゆっくりと分かりやすいフランス語で説明してくれたり、知らない食材について聞くとわざわざ食材をテーブルまで持ってきてプレゼンしてくれたりした。さらに一番嬉しかったことは、我々が退店する際に素早く、そして笑顔で挨拶に来てくれ、シェフをすぐに呼んできてくれたことだ。2人と料理の感想や日本のことなど話ができ、とても幸せな気持ちで店を出ることができた。

 

レストランを訪れたのはおよそ3年前であるが、当時受けたサービスが詳細に脳裏に浮かぶことからして、レストランとは私にとって単に料理を楽しむ所ではない。レストランの内装、サービス、同行者、サービスそしてシェフとの会話、料理などあらゆる面を楽しむ場所がレストランである。ある人は皿の上は1つの芸術であると言った。それを踏まえると、レストランとはまさしく総合芸術と言えるだろう。では、その中で客にとって良いサービスとは何だろうか。Thomas Fefin氏のサービスから考えると以下のように私は思う。すなわち、それは、客に緊張を強いることなく、一人一人の客にとって居心地の良い空間を作るサービスである。そして換言すると、これはホスピタリティというのだろう。

良いサービスやホスピタリティとは何かを言葉で説明することは難しい。しかし、私は今回一流のサービスやホスピタリティを享受することができた。この経験は私にとって何よりも得難い経験である。

 

私は家に戻り、このThomas Fefin氏について調べてみた。この時気づいたのだが、彼はservice et des arts de la table部門(すなわちサービス部門)のMeilleur Ouvrier de France(国家最優秀職人章)の保持者であったのである。M. O. Fとは日本で言うと人間国宝といったところ。彼のキャリアは私にとって全て合点のいくものであった。

 

2020年3月

京都にて初夏を思ふ

「鱧が食べたい」

 

欲望とは、時として忽然と生じるものである。自らの欲望に気づき、そうして私は今が初夏、すなわち鱧の旬であることを思い出した。

 

旬を殊更に意識し始めたのはフランスにて遊学していた頃である。かの地では、マルシェにて食材を購入することを習慣としていた。何度か買い物をすると、顔馴染みもでき、その季節の旬の食材を勧めてもらっていた。その際、親切にも食べ方まで教示してくれるのだが、その方法は大抵の場合至極単純なものであり、食材本来の味を大切にするものであった。そしてこの食べ方がなかなかに美味いのである。こうして私は旬の食材のポテンシャルを知り、日本に帰国後も食材の旬を大事にするようになった。

 

斯様な意識があるため、私は欲望に忠実に従い、京都にて馴染みの店にて鱧を食すこととした。店の屋号はてらまち福田。四条通りを少し下ったところにある。接客に時々ブレがあるものの、居酒屋のような価格帯に関わらず、丁寧な仕込みと調理がなされているので気に入っている。

 

まずは目的の鱧。鱧の落としとフライでいただいた。落としは丁寧な骨切りがされていることもあり、ふわふわとした食感で、旨味が口の中に広がる。フライは見た目より軽やかであり、山椒が良きアクセントとなっている。

次に品書きを見て思い出した、こちらも旬の稚鮎の天ぷら。鮎の苦みが夏酒とよく合う。

締めに鯖寿司。勝手ながらこの店の名物と考えている。脂はあまりのっていないが、さっぱりとした食感であり、これはこれで乙なものである。相変わらずの絶品。

 

当初は鱧だけを目的としていたが、思いのほか旬を感じることのできる夜であった。

去り際に店主と少し言葉を交わし、外に出るとすでに京都の夜は蒸し暑くなっていた。しかし、心は不思議と軽快なものであった。

 

2023年6月

 

 

 

 

 

京都にて牛肉を食らふ

肉の種類は数あれど、やはり牛肉を一番好む人が多いのではないだろうか。

かく言う私も、牛肉には目がない。

 

とは言っても、牛肉ひとつ取っても食べ方は色々。日常の食卓には肉じゃが、ハンバーグ、牛すじこんにゃくなどが並び、ハレの日にはすき焼き、ステーキ、しゃぶしゃぶなどを食べることもあるだろう。

こうして並べるとやはり牛肉は献立のメインになることが多い。ただし、全ての料理に牛肉が含まれているわけではなく、日常にしてもメインの一品、あるいはコースの一部(例えばフランス料理のヴィアンドやイタリア料理のセコンド・ピアット)として提供されることが主流と言える。

 

しかし今回私の行ったお店は肉を堪能するための店であり、提供する(ほぼ)全ての皿が肉料理である。店名は安参。1948年(昭和23年)に創業し、現在は京都は祇園に店を構えている。店の中は1階が20人ほどが座れる長いカウンターで、2階が座敷である(今回はカウンターを利用した)。創業年から分かるように、京都の牛肉文化を支え続けた店の1つであるため、この文化を理解するためには訪問しておかねばならないと個人的に考えた。

さらにこの店は京都(あるいは関西)の食文化をも体現しているのだが、これらについては最後に述べるとして、まずは料理について。

 

なお、この店は前半がお任せ、後半がアラカルト方式になっている。

 

はじめに出てくる数皿については写真がない。これは店の側から写真撮影を禁止されているからである。料理としては、たん、はつ、赤身の刺身が1種類ずつ、そしてミノの湯引き。

 

たんは弾力もありつつも、とろける食感であり、肉を魚で例えるのも失礼だが、さながら鮪を食べているかのよう。はつはシャクシャクとした食感であり、ニンニクと一緒に頂く。赤身は卵黄とニンニクと共に食べることで、ねっとりと柔らかい食感。そして最後にミノの湯引きをポン酢でさっぱりと。淡白な味わいで、てっさをイメージさせられる。

 

その後箸休めのサラダが提供され、アラカルトで好きなものを食べさせてもらえる。まずは焼き物。牛タンの塩焼き。先ほどの刺身とは異なり薄切りで、塩加減は完璧。

次にレバー。味付けはタレと山椒であり、たっぷりと葱とからしとともに頂く。中が半生の状態のため、サクサクとした食感ととろける食感が両立する。もちろん、臭みなどない。

そして最後に名物の煮込み。今回はこんにゃくや卵の入ったミックスを選択した。見た目の反して思ったよりさっぱりしており、薄味であったため、若干拍子抜けしてしまった。

 

書き忘れていたが、冒頭にきゅうりの浅漬けが提供される。これもコース全体における箸休めの役目があるのだろう。

以上が全ての料理である。今回とりわけ印象に残った皿は、たんの刺身とレバーの焼き物。それぞれ興味深い食感を体験させてくれ、かつ肉の奥深さを再認識させられた。

牛肉の種々な部位を様々な形で提供してくれる。その中には継ぎ足しの煮込みなど伝統的なものもあれば、刺身といった挑戦的なものもあり、いかにも伝統重んじつつも、ハイカラな京都人らしい。まさしくこれが京都の牛肉文化の一側面なのだろう。

 

ただし印象に残ったことはそれだけではない。この店は京都(関西)の食文化を体現していると先程述べた。とりわけ、店と客のコミュニケーションが印象に残った。

 

このお店は家族経営の老舗であり、京都の祇園という場所柄もあり、接客をとっても常連と一見客を区別しそうに思える。しかし、実際は常連と一見客分け隔てなく、親切に接してくれる。とりわけ、私の席の担当である若若女将は常連をさばきつつも、一見客の様子に気を配り、飲み物や食べ物のことなども必要とあらば丁寧に説明をする見事な接客であった。祇園という閉鎖的空間において、どんな人も受け入れるその姿勢はこの店の老舗としての心意気と寛容さから来るのだろう。

一方で、店と常連だけのコミュニケーションももちろん存在する。例えば、常連客が店の人全員にビールをご馳走し、店の人はお礼を言って目の前でビールを飲む一連のシーンは感動してしまった。なぜならば、私が幼少期の頃、祖父が馴染みの鉄板焼きの店でよくフロアのスタッフにビールをご馳走していたからである。店と常連の信頼関係によって成り立つ一連のやり取りは、見ていて気持ちの良いものである。

 

料理屋に行くということは、単に食事をするだけに止まらない。空間を楽しみ、人との対話を楽しむことも、料理屋の楽しみ方である。そういった意味で、私としては京都の、いや関西の食文化を久しぶりに堪能させてもらった。

こうして私は店を出、赤提灯に再訪を誓った。

そして満足感に浸りながら、大通りの喧騒から離れた祇園の夜道にふらふらと溶け込んでいった

 

2023年6月

 

(追記:なお京都市からは食肉の生食に関する注意喚起がなされている。生食は背徳的な満足感を得ることができ、また生食に関する行政の基準も厳格に設定されているが、あくまでも自己責任で)https://www.city.kyoto.lg.jp/hokenfukushi/page/0000100853.html